リヤ〉ではたらいておりますの。……きのうの朝、十時頃、あたしのアパートへ女のひとから電話がかかってきて、いまの手紙とおなじことを言って、あたしにぜひきてほし言うのやし。……男の声のようなところもあるし、あたし、店のお客さんがいたずらしてるのだと思うて、いやや、ゆうて、笑いながら電話をきりましてんの。(すこし笑って)でも、ゆうべは、いろいろ空想をたくましゅうしてとうとう朝までよう寝られんのでした。……子供のとき生別れした父が、まだどこかに生きているはずなんですの。……今朝、そんな馬鹿なことないといくども思いかえしましてんけど……」
菜葉服は辛抱しきれない風で、横あいからひったくった。
「俺のほうもそうなんだヨ。……富岡町の支那《チャン》屋で雲呑《ワンタン》を喰ってると、そこへ電話がかかってきたんだ。上品な女の声でねえ……、こいつあ、たしかですぜ。(じろりと娘の顔を見ながら)嘘もまぎれもねえ女の声だったんで。……それで、なにしろそういううめえ話だから、あっしゃ喜んで、承知した、きっとお伺いしましょう、って返事をしたんだ。……もちろん、初めは……、あっしだっていろいろ気をまわして見たさ。だ
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