と、怒鳴った。
鶴が口を尖らして、こたえる。
「|開いてたよ《エーテタンド》」
「|嘘言だろう《ユクジデンアラノ》、|錠がおりてた筈だ《ジョウナウチトタフアズド》。(そういうと、つかつかとそばへ寄っていって、ギュッと鶴の耳をひっぱった)おい! ここへやって来てはならんと言っておいたろう、どんなことがあっても!」鶴は平気な顔で、うん、とうなずいた。
「それから、琉球《オチナワ》言葉をつかってならんと言っといた。……そういう約束だったな、鶴」
鶴はそっぽをむいて、西洋人がするように、ぴくん、と肩を聳やかした。乾はまじまじとその横顔を見つめながら、
「よしよし、いつまでもそんな風にふくれていろ。|お前達《ウイダ》にはもう|加勢せんから《ヤサビランドイ》……」
くるりと向き直ると、急に鶴は大人びた顔つきになって、
「いつもの伝だ。……いちいちそんな風に言わなくたっていいじゃないか。来ちゃいけないことは言われなくたって知ってるよ。……来る用があるから来たんだ。この雨にさ、薄馬鹿みたいに戸口に突っ立ってたら、かえって可笑しかろうと思って入ったまでなんだ。悪かったらごめんなさい」
「きいたことに返事をしろ」
「野暮なことをきくなよ。……だから、いってるじゃないの、天から降ってきたって……」
横をむいて髪の毛をいじりはじめた。すると、なぜか乾は急にやさしくなって、
「……お前がここへ出はいりするのを見られると、じつにやりにくくなるのだ。それもこれも、お前たちのために……」
鶴が、ぴょこん、と頭をさげた。
「……悪かった。……だって、いきなり怒鳴りつけたりするから……」
「それですんだら結構だと思え! ……それで、ここへ来たとき通りにどんなやつがいた」
「……第五府立のほうから、風呂敷包《フチコビツツ》み……、風呂敷包みを抱えた女学校の先生がひとり……。紙芝居のチョンチョン……。子供が三人……。それだけ」
「路地の入口には?」
「だれもいなかった」
乾は、ふむ、ふむ、とうるさく鼻を鳴らしながら、
「……ま、いなかったとしておこう……」
と、いって入口のほうへ歩いてゆき、ほそ目にあけた扉のすきから頭だけだして、あちらこちらと通りをながめると、また鶴のそばへ戻ってきた。
「それで、どんな用事だ」
鶴がむっつりと、こたえる。
「電報がきたんだ」
キラリと眼を光らせて、
「
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