未知の人間に転嫁させようという目的のトリックなのですね。……いうまでもなく、〈通知〉を出した告知人がすなわち絲満を殺した犯人なのですが、そういう場合、その人物は、かならず、その現場へやって来てるものなのです。効果の程度を知っておくことが絶対に必要だからです。……だから、犯人はあの朝〈那覇〉へ集った五人のうちのだれかだと言えるのです」
「犯人が必ずそこに来合しているという……それは当為《ソルレン》です。必ずそうあるべきことでしょう。しかしそれはそれとして、事件を複雑にして捜査の方針を混乱させる目的だと言われましたが、私に言わせれば、このトリックは、反対の効をあげるためにしか役立たぬように思われるのです。混乱させるどころか、犯人はここにいると、自分で知らしてるようなものです。……なぜといえば、そういう場合、犯人がそこへ来合しているだろうということは、だれにしたってすぐ考えられることですからね。……知能的な初犯者ほど、いろいろ手のこんだ方法を考え出すものですが、しかし、どういう場合でも、あらかじめ考案された方法というものは、柔軟性を欠くか、なにかしら過剰なものを持つか、この二つの欠点をまぬかれることが出来ないようです。……細工をしすぎたコップほど脆い、というのとよく似ています。……そのうえ、あまり鋭い頭で考えられたものではない。……那須さん、私はこんな方法を考えだすほど幼稚ではないつもりです。のみならず、私はそんな方法にたよらなくとも、もっと無造作にやってのける有利な条件をもっています。私はつい最近十年ぶりで日本へ帰ってきた。東京には私を見知っている人間は一人もいません。どのようにも大胆に、どんなにも無造作にやってのけることが出来るのです。……こういう便宜をもっている私が、自分がアマチュアであることを知らせ、自分を自ら窮地に追いこむような、そんなうるさい方法を選ぶわけがありません。〈通知〉を出したのが、すなわち犯人だ、という直証法は私も賛成です。そうとすれば、いま言った理由で、私は犯人ではありません」
古田は、あぐらを組みなおすと、那須に、
「じゃ、いよいよあっしがやりますぜ。いいね。(と、念をおすと、久我のほうへ向き直って、叱咤した)うるせえ、もうやめろ。……理窟でごまかそうたって、そういかねえ証拠があるんだぞ。……おい、久我! 巡査に追ったくられて二階から降りるとき
前へ
次へ
全94ページ中71ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング