れでその人物は男だったという結論を得たのだ。この推理には間違いがない。嘘だと思ったら曲辰の溜堀の底を浚って見たまえ、必ずその服が出てくるから。……(そして、久我のほうをむくと)どうでしょう……?」
 と、いった、久我は那須の眼を見かえしながら、
「適切ですね、敬服しました」
 と、いった。那須は急に顔をひき緊めると、低い声で、
「久我さん、殺したのはあなたでしょう?」
 座敷のなかは急にひっそりとしてしまった。古田が、ごくりと喉を鳴らした。
 久我が、しずかに口をきった。
「それはお答え出来ません」
 両手を膝に置き、自若たる面もちだった。那須はうなずいて、
「勿論ですとも。あなたにその意志がなかったら、答えてくださる必要はありません。……では、最後にひとこと……。僕の推理はだいたい成功しているのでしょうか」
「私の感じたままを申しますと、だいいちあなたのは推理ではなくて奇説《ドグマ》だと思うのです。……仮りに、あの夜私が女装して〈那覇〉にいたとしても、それだけでは私が殺したという証明にはならないからです。ここでは、女装[#「女装」に傍点]と殺人[#「殺人」に傍点]という二つの状態が、関係なくばらばらに置かれているにすぎません。この二つの名詞を結びつけて、意味のある文章にするには、どうしても繋辞《カップル》が必要なのですが、どこにもそういうものが見あたらない。私が殺したという。が、それに対する論理的な証明を全然欠いているからです。……警察ならば、臆説であろうと、仮定であろうとかまわない。あとは訊問でひっかけて、自白させるだけのことですが、あなたの場合は論理的に到達しようというのだから、こんなことではいけないのでしょう。……それから、女装のほうですが、それが私だというのは、どういう根拠によって判断されたのですか?」
「五人の遺産相続者のなかで、その資格を持っているのは、あなたの外にないからです」
「犯人が五人[#「五人」に傍点]のなかにいなければならぬというのは、どういう理由によるのですか?」
「……あの〈遺産相続の通知〉は捜査の方針を混乱させる目的で計画されたトリックだということは、いうまでもありません。あの通知で何人かの人間を殺人の現場へよびよせ、否応なしに殺人事件の渦中へひきずりこんでしまう。それで情況を複雑にし、自分の犯跡を曖昧化し、うまくいったら、自分の罪を
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