う話か」
 清五郎はあわてて手で抑えて、
「どうか、もうすこし小さな声で。……へい、そのことなんでございます。……ここではお話しにくうございますので、お手間は取らせませんから、どうか、そのへんまで……」

   赤痣《あかあざ》

 万年橋の鯨汁《くじらじる》。鯨一式で濁酒《どぶろく》を売る。朝の早いのが名物で、部屋で夜明しをした中間や朝帰りのがえん[#「がえん」に傍点]どもに朝飯を喰わせる。
 清五郎は、なにかよっぽど思いつめたことがあるふうで、注がれた濁酒に手も出さずにうつむいていたが、やがてしょんぼりと顔をあげると、
「こうなったら、なにもかもさっくりと申しあげますが、……阿波屋の人死《ひとじに》は、じつは、あっしのせいなんで……」
 顎十郎はチラととど助と眼を見あわせてから、
「えらいことを言いだしたな。阿波屋の六人が死んだのは、お前のせいだというのか」
「へえ、そうなんで」
 と言って、ガックリとなり、
「それに、ちがい、ございません」
 顎十郎は急にそっけのない顔つきになって、
「おい、清五郎、お前はなにか見当ちがいをしていやしないか。いまはこんな駕籠舁だが、ついこのあいだ
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