ますが、これだって、この先どうなることやら……」
 アコ長ととど助が二階で風に吹かれながら桜湯《さくらゆ》を飲んでいると、すぐ後から、濡れた身体へ半纒をひっかけながらあがって来た三十二三の職人体の男。おずおずしながら顎十郎の前に膝をつき、
「仙波さま、無沙汰をしております。……金助町にいつもお世話になっている大工の清五郎でございます」
「おお、清五郎か。……どうした、ひどくしけ[#「しけ」に傍点]ているじゃないか」
「へえ、……いえ、どうも、まったく。……その、弱ってしまいました」
 たどたどと口籠って、ハアッと辛気《しんき》くさく溜息をつき、
「あなたさまを見こんで、折入って聴いていただきたいことがございますンですが」
 顎十郎は、へちまなりの大きな顎のさきを撫でながら、ほほう、と曖昧な声を発し、
「以前とちがって今は駕籠舁渡世。ろくな聴き方も出来まいが、話というのはどんなことだ」
「そのことでございますが……」
 清五郎は膝小僧を押し出すようにして声をひそめ、
「……いまお聴きになりましたでしょう、阿波屋の……」
「うむ、六人が順々に死んで、やがて阿波屋の一家が死に絶えるだろうとい
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