お節はパッと顔を染めて、
「お恥ずかしゅうございます。これは恋の咒《まじな》いの蠑※[#「虫+原」、第3水準1−91−60]。……数負さまが阿波屋に居候になっているのを嫌がられて、どうでも立退くとおっしゃいます。ひとの話によりますと、生きた蠑※[#「虫+原」、第3水準1−91−60]を想う方の部屋の天井へ釘づけしておきますと、脚がすくんでどうしても立退けなくなるということ。ひとまわりごとに黒門町《くろもんちょう》の四ツ目屋へ行って生きた蠑※[#「虫+原」、第3水準1−91−60]を買い、数負さまの天井へ打ちつけておりました。……咒いの秘伝では、ひとまわりを一日でもすごすとその人の身に祟りがあるということ。早く新しいのと取りかえねばならぬと思いながら、甚松の取りこみにまぎれてそれが遅れ、とうとうこんな始末。……どうぞお察しくださいまし。憫れだと思ってちょうだい」
泣くつもりなのか、そろそろと油蔵の壁のほうへ寄って行って、その壁へ身をもたせたと思うと、どうしたのか、突然たまぎるような声で、
「あッ嫌ッ、なにかあたしの足に……」
アコ長が間髪をいれずにお節のほうへ飛んで行って、その足もと
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