差、と言うばかり。アコ長は歎息して、
「こいつはいけねえ。ひと言いってくれさえすりゃあ、なんとか手がかりがつくのだが、……」
 そう言っているうちにも、おいおい引く息ばかりになって、どうやら覚束ないようすになってきた。
「椿庵先生、もうちょっとのあいだ、命を取りとめるように手を尽してみてください。阿波屋の怪死の秘密はこいつの口ひとつにかかっているのだから」
「よろしい、なんとか及ぶ限りやってみましょう」
 ふと気がついて見ると、今まで部屋のすみで泣き伏していたお節の姿が見えない。ひょろ松は怪訝な顔で、
「おや、いまいたお節という娘はいつ出て行きましたろう。なにかあの娘にいわくがありそうだからちょっと問いつめてやろうと思っていたんですが」
 と、言っているところへ大工の清五郎が駈けこんで来て、怯えたような低い声で、
「……妙なことがあります。お節さんが、梯子をのぼって、いま屋根裏へ入って行きました」
 アコ長は、キッとして、
「お節が、屋根裏へ?……そりゃほんとうか。見間違いじゃないだろうな」
「見間違おうたってこのいい月。決して間違いはありません。……こう、怯《お》じたように後さきを見
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