ろ、いま離家へ行って刀を持って来てぶった斬ってやるから。……くそッ、どんなことがあっても、それまでは死にはしないから……。おのれ、待っておれ……」
 恐ろしものがすぐそばにでもいるように、取りとめのない囈言《うわごと》をいいながら、つかみかかるような身振りをする。
「畜生ッ、……脇差を……、早く脇差を……そらそら、逃げてしまうから」
 脇差を捜そうとするのか、急にムックリと起きあがってあらぬかたへ匍い出そうとする。
 ひょろ松は顎十郎のほうへ振りかえって、
「阿古十郎さん、いったいなにを言ってるンでしょう。なにかしきりに言いたがっているが、訊きだす方法はないもんでしょうか」
「こういうひどい熱だからちょっと覚束《おぼつか》ないが、やるだけやって見よう」
 と言って、数負の耳に口を寄せ、
「新田さん、新田さん、阿波屋のかたきというのはなんのことです。ひと言でいいから言ってください。わたしたちがきっとぶった斬ってやりますから。……ねえ、たったひと言」
 数負は、こちらの言うことがまるきり耳へとどかないようすで、眦《まなじり》も張りさけるかと思うばかりにクヮッと眼を押しひらき、ただ、脇差、脇
前へ 次へ
全28ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング