が」
よろめきまわるはずみにどこかへ打ちつけたとみえて、右の膝小僧のところへ擦傷《すりきず》が出来、そこからトロリと血をしたたらしている。それからすこしあがったあたりと右の脇腹のところに甚松の身体にあったような文久銭ほどの赤痣が罌粟《けし》の花のように赤くクッキリと残っている。
アコ長はいつになく戸惑ったような顔で、
「こいつは大しくじり。たいへんな見当違いだった。……この工合ではもういちど始めからやり直さなくちゃならねえ。……それはともかく、こんなとこへ放っておけない。……清五郎、とにかく母家へ知らせて来い」
蒼くなって顫えている清五郎の尻をたたくようにして母家へ追いたててやってから四人で数負を離家へ運び入れようとしていると、母家へつづく柴折戸を引き離すような勢いで押しあけ、バタバタと駈けて来たのは末娘のお節。
若さの匂いが滾《こぼ》れ出すような水々しい肌に喪服の黒はよく似あう。下着の鹿《か》の子《こ》の赤い色をハラハラ裾からこぼしながら足袋はだしのまま息も絶え絶えに駈けよって来て、長い袖をハタとうちかけ、両手を掻きいだくようにして数負の胸に喰いつくと、ワッと声をあげて身も世
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