しいということになれば、阿波屋の事件はもう答えが出たようなもんだ。……どうだ、ひょろ松、それともお前のほうになにかかくべつの見こみでもあるのか」
「こう筋が通ったうえで、べつな思いつきなどあろうはずはありません。……いつぞやの堺屋騒動のときも、ちょうどこんなふうにうまく出来すぎていて、ついひっかかって失敗《しくじ》りましたが、こんどは大丈夫、金《かね》の脇差《わきざし》」
 会心らしくニヤリと笑って、
「過ぎたるは及ばず、ってあまりうまく段取りをつけすぎるから、けっきょく露見してしまう。悪いことというのはなりにくいものとみえます」
 ひょろ松が感懐めいたことを言っていると、黒板塀の裏木戸のほうを眺めていたとど助が、なにを見たのか、おやッと声をあげた。
「あれをごらんなさい、なにか妙な歩き方をしておる」
 四人があけはなしになった裏木戸のほうを眺めると、いま噂になっていた新田数負が、泉水の縁にそって、薄月の光に照らされながらヒョロヒョロと離家のほうへ歩いて行く。
 男にしてはすこし色が白すぎる難はあるが、いかにも聡明そうな立派な顔立ちで、黒羽二重の薄袷《うすあすわせ》を着流しにしたいいよ
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