…この前の四人を見ていませんからはっきりしたことも言えませんが、どうもそのへんのところかと思われます。……椿庵先生、あなたのお診断は?」
「いったんは、虎列剌《ころり》かとも思いましたが、嘔吐《はい》たものは虎列剌とはまったくちがう。胸や背に赤斑こそありますが、虎列剌の特徴になっておる形容の枯槁《ここう》もなければ痴呆面《こけづら》もしていない。それに、これが虎列剌なら阿波屋一軒ですむはずがない」
 アコ長はせっかちに遮《さえぎ》って、
「なるほど。……すると、ギリギリのところどういうことになるんです」
「手前の診断では、まず毒。……それも、なにかはなはだ珍奇な、たとえば、蘭毒のようなものでも盛られたのではないかと……。もちろん、これは手前の推察で確言いたすわけではないが」
 顎十郎は、手のひらで長い顔をべろんと撫でおろし、
「向島の花見で助けたのが新田数負。助けられたのが末娘のお節。……次々に妙な死に方をしたのは男のほうは総領から四男まで。女のほうは姉娘とおふくろ。生き残っているのは父親と居候的《いそてき》の新田と末娘のお節の三人。……ところで、数負の親父は蘭方医で和蘭の本草学にくわ
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