いう若いおさむらいがこの春から寝泊りしております。父親というひとは蘭医で、阿蘭陀の草木にくわしい人だそうで、新田というひとも離家で朝から晩まで本ばかり読んでおります」
「それはなんだ、阿波屋の親戚でもあるのか」
「いいえ、縁引きのなんのじゃありません、早い話が居候《いそうろう》。……話はちょっと時代めくンですが、今年の春、阿波屋の末娘のお節さんが、五人ばかりの踊り朋輩といっしょに向島へ花見に行った帰り道、悪旗本にからまれて困っているところへその浪人者が中へ入り、ひょっとするといやな怪我でもしかねなかったところを助けられたそのお礼、いずれ仕官するまでという気の長い約束でズルズルいすわっているわけなんです」
アコ長はなにか考えこんでいたが、また唐突に口をひらき、
「清五郎、お前、その浪人者に守宮の話をしたろうな」
「へい。なにしろ、その浪人者が離家へ居候するということですから、あっしもなんとなく気がとがめまして……」
「それは阿波屋で人死が出る以前のことだろうな」
「さようでございます。その浪人者が離家へいつくようになってからひと月ほどたった後。……なんでも八十八夜のすぐあとのことでした
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