。正直なところ、その件であっしは二進も三進も行かなくなっているンです。念入りにひとりずつ叩いて見ましたが、いっこうどうということもない。今さら見こみちがいじゃおさまらない。調べがある調べがあると言って、みなまだ伝馬町へとめてあるンですが、どうにもおさまりがつかなくなってしまいました」

   箸の辻占

 小鰭の鮨売といえば、そのころは鯔背《いなせ》の筆頭。
 ……髪は結い立てから刷毛ゆがめ、博多帯、貝の口を横丁にちょと結び、坐りも出来ぬような江戸パッチ……と、唄の文句にもある。
 新しい手拭いを吉原かぶりにし、松坂木綿の縞の着物を尻はしょりにし、黒八丈の襟のかかった白唐桟の半纒。帯は小倉の小幅《こはば》。木綿の股引をキッチリとはき、白足袋に麻裏という粋な着つけ。
 三重がさねの白木の鮨箱を肩からさげ、毎日正午すぎの六ツ七ツのころにふれ売りに来る。
 小鰭の鮨売といえば、声がいいことにきまったようなもの。いずれも道楽者のなれの果、新内や常磐津できたえた金のかかった声だから、いいのには無理はない。
 三重がさねの上の二つには小鰭の鮨や鮪の鮨、海苔巻、卵の鮨、下の箱には銭箱と取り箸を入れ、
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