梗屋の女中なので。……じつは、お嬢さまがぬけだされるすこし前に、小鰭の鮨売が塀の外を『すウしや、コハダのすうしイ――』とふれて行きましたが、それがまた、しんととろりとするようないい声でござンしたが、気のせいかそれが気にかかって。……ああ、そう言えば、家のお嬢さんが見えなくなる前に、やはり鮨売が来たようでございました。……なるほど、そう言われてみると、家のお嬢さまのほうも。……ということになった。
 アコ長の顎十郎は、見ぬいたようにニヤリと笑って、
「それで、小鰭の鮨売をしょっ引いたか」
 ひょろ松は、髷節へ手をやって、
「へへへ、……じつは、その通りなんで。数にして四十人ばかり。これで、江戸の小鰭の鮨売はひとり残らずなんで」
 顎十郎は、ひっくり返って笑い出し、
「なるほど、こいつアいいや。ひょろ松、それは大出来だった。さすがは、おれの弟子だけのことはある。師匠は鼻が高い。ねえ、とど助さん、じっさい、たいしたもんですな」
「小鰭の鮨売を四十人……伝馬町《てんまちょう》の牢屋敷で鮨屋でもはじめますか」
 ひょろ松は、すっかり照れてしまって、
「とど助さん、あなたまで冷やかしちゃいけません
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