ひとり娘でお文、十八歳。もっとも、これは根岸の寮に来ていて、そこから抜けだした。
 一日おいて二十八日には、下谷|坂本町《さかもとちょう》二丁目の名代の葉茶屋『山本園』の三番目の娘で、十六歳。奥まったじぶんの部屋で人形の着物を縫っていたが、鋏を持ったまま庭づたいに裏木戸から通りへ出て、そのまま行くえ知れずになってしまった。
 これが春さきなら、のぼせてついフラフラということもあろうが、今は菊の季節。花札でも菊には青い短冊がつく。のぼせるの、気が浮き立つのということはあるまい。
 十日ほどのあいだに、いま言ったような揃いもそろって縹緻のいい箱入娘が四人も家から抜け出している。どういうわけあいなのか、どこへ行ってしまうのか、いっこうにわからない。
 ただひとつ変ったことは、四人の娘が家をぬけだした時刻がだいたい似かよっている。正午すぎの八ツから七ツまでのあいだ。妙といえば、妙。
 もひとつは、娘たちが家をぬけだすすこし前に、小鰭の鮨売が例のいい声で呼び売りをして行った……。もっとも、これはあとで思いついたことで、少々|附会《こじつけ》じみたところもないではない。
 最初に言いだしたのは、桔
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