しにひょろ松の顔を眺め、
「だいぶお顔の色が悪いようだが、こんどは、いったいどういう筋だ」
 ひょろ松は、顔へ手をやって、
「そんなに嫌な顔をしていますか。……筋というほどのたいした筋じゃないンですが、それが、まるっきり雲をつかむようなはなしなンで。きょうまでいろいろやってるンですが、どうにもアタリがつきません、弱りました」
 と言って、ため息をつく。
 アコ長は、気がなさそうに、
「きまり文句だの。……それにしても、そう萎《な》えることはあるまい。喰いながらでもはなしは出来るだろう。そんな顔をしていられると、せっかくの蕎麦が不味くなる」
 相棒のとど助もうなずいて、
「ひょろ松どの、ためいきばかりついておらんで、わけを話してみらっしゃい。品川砲台の大砲《おおづつ》でも盗まれましたか」
「そんなはっきりしたメドのあるはなしじゃないンで」
「なるほど」
「……じつは、小鰭《こはだ》の鮨《すし》なんですが……」
「ほほう」
「このせつ、むやみに美しい娘が行きがた知れずになります」
 アコ長は笑い出して、
「そりゃア、いったい、なんのこった。……『小鰭の鮨』に『美しい娘』。……そのあとへ『菊
前へ 次へ
全31ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング