いことで役所を失敗《しくじ》ってしまい、ほかに世すぎの法も知らないところから辻駕籠になりさがった。乞食にならなかったのがまだしもしあわせ。
 ひょろ松というのは、むかしの弟子。あるいは手下。菊石《あばた》も笑靨《えくぼ》で、どこに惚れこんだのか、こんなに成りさがっても、先生とか阿古十郎さんとか奉って、むずかしい事件がもちあがるとかならず智慧を借りに来る。きょうもその伝なので。
 アコ長ととど助、どちらも根が怠け者なので、金のあるうちはせいぜいブラブラして暮らす。いよいよ食う法がつかなくなると、あわてて駕籠をかつぎ出す。菊人形見物の客の帰りをひろって、とりあえず、いくらかにありつこうと藪下の道ばたに駕籠をすえ、客待ちをしているところへ宿で訊いて、ひょろ松が追いかけて来た。植半で蕎麦でも喰いながらちょっと判じていただきたいことがあるンです。
 まだ、四ツをちょっと過ぎたばかりなので、客の顔ぶれは近所のご隠居体なのや、根岸あたりの寮へ来ている商家の御寮人《ごりょうにん》や高島田の娘。いずれも暇そうな顔ぶればかりで、店の中もまだたてこまない。
 アコ長は、蒸籠の蕎麦をのんびりと啜りながら、額越
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