、露地から駈けだす、門から飛びだす。齢ごろの娘、大年増の内儀や女中までが、
「あなた、大和屋さんでしょう。あてましたから、どうぞお印物を……」
「どうぞ、わたしにも」
右左から取りついて、やいのやいのとたいへんな騒ぎ。
三津五郎は、精いっぱい気障に、
「はい、わたしが三津五郎。近々中村座で新作の所作を出しますについてなにとぞご贔屓に。はい、どうぞよろしく」
と、愛想をふりまく。
もうこのくらいに評判を立てておけばもう引っこんでもいいころ。鮨の呼売りはこの正午で中止にしようという申しあわせ。
清住町《きよずみちょう》[#ルビの「きよずみちょう」は底本では「さよずみちょう」]のひとかわを呼売りしたらこれでチョンということにし、今までの骨折りやすめに深川の大清で四人で大騒ぎをしようというのでもう席まで取ってある。
清住町を通りぬけて右に霊岸町へ折れまがる。片側は霊岸寺の長い塀。ひとっ気のないところだから三津五郎も気をぬいて、鮨、鮨といい加減にふれて行く。
ちょうど寺の門を通りすぎて五、六間行ったと思ったとき、門の中からひょろりと出てきた二十二三の優形《やさがた》の男。※[#「こ
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