嫌な思いをしたそのしかえし。むしろ、願ってもお役に立たせていただきたいところでございます」
出来すぎ
手近な浅草から始めて、下谷、本所、深川とふれ歩いて、ちょうどきょうが六日目。
三津五郎の鮨売をさきに立て、半丁ほど間をおいて職人か鳶かという風体に服装《みなり》を変えたアコ長、とど助、ひょろ松の三人がさりげないようすで見えかくれにその後からついて行く。
お誂えどおり手拭いの吉原かぶりに白唐桟の細かい縞の着物。黒衿のかかった千縞《せんしま》の半纒の肩へ鮨箱をかつぎ、麻裏草履の爪さきを反らせながら、うっとりするような美しい声で、
「すウしや、小鰭のすウし――」
と、触れてゆく。
なにしろ、所作と振り事にかけては五代目をしのぐと言われた名手の三津五郎。これが粋と鯔背の代表のような鮨売になっているんだから震いつきたくなるようないい姿。ちょっとした身体こなしにもきちんとキマっていて、なんとも言えず美しい。
その上、せいぜい三津五郎とさとらせたいというのだから、万事芝居がかりに、輪をかけた綺麗事でゆく。どう見たって、ただの鮨売じゃない。
「そら、三津五郎が来た」
というので
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