猿若町《さるわかまち》の役者を翁と嫗《うば》に扮装させて立たせ、岩木は本物の蓬莱石《ほうらいいし》。亀はこれもまた生きた蓑亀《みのがめ》をつかって、甲羅に金泥で『寿』という字が書いてあるという豪奢かげん。
大島台の前に花婿と花嫁がすわり、親類縁者、出入りの懇意の者までひとり残らず上下をつけていながれ、いよいよこれから盃事《さかずきごと》に移ろうとするとき、ひろびろとした前栽の松の木の下にぼんやりと浮かびあがったひとの姿。
白羽二重の寝衣をグッショリと水に濡らし、肩や袖に水藻や菱の葉をつけ、しょんぼりと立っている首のない女の幽霊。
縁の近くにいたひとりが見て、わッ、と頓狂な声をあげたので、一同、なんだろうとそのほうへ振りかえる。男蝶《おちょう》女蝶《めちょう》の子供はひと目見るより、
「あれッ」
と言って、長柄《ながえ》の銚子を投げ出して畳へつっぷしてしまう。
この声に、つつましくうつむいていたお米が、綿帽子のはしを捲くりあげてヒョイとそのほうを眺めると、顔色を変えて、
「ちッ、ふざけるない」
と叫びながら、盃台の朱塗りの盃をとりあげて亡霊のほうへ投げつけておいて、となりに坐
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