くさそうな顔をして、
「ひとがひとり死にゃア棺桶はひとつにきまったもの。そうとばかりかんがえが固まっているもンだから、ふたつとまでは思いつけませんでした。いや、どうも大失敗《おおしくじり》」
「……それについて、おれはちょっとかんがえたことがあるンだが、お前、すまないが万屋へもどって、お利江さんをちょっと呼びだして来てくれ。おれは浄心寺の帝釈堂《たいしゃくどう》の前で待っているから。……おれの頼むことに、もしお利江さんがウンと言ってくれたらだいぶおもしろい芝居が打てそうだ」
庭先の影
奈良茂の十層倍という木場一の大物持。その万和がすることだからなにもかも大がかり。いちど死にかけた娘をひろった嬉しまぎれで、金に糸目をつけぬ豪勢な祝儀。
格天井を金泥で塗りつぶし、承塵《なげし》造りの塗ガマチに赤銅|七子《ななこ》の釘隠しを打ちつけた、五十畳のぜいたくな大広間の正面に金屏風を引きまわし、阿蘭陀《おらんだ》渡りの大毛氈を敷きつめ、左右の大花瓶には天井へとどくばかりの大木のような松をさしこんで、これに一羽ずつ本物の生きた鶴をとまらせる。六畳敷ほどもある大きな島台をすえつけ、その上に
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