ませんでした。……世間の評判というものはいい加減なもので、じつは、ちょっとした密告《なげこみ》がありましたンで、捨てもおけず、こうやって詮議の真似事をいたしましたが、よく筋が通りましたから、これで引きとることにいたします。まア、どうかお気にさえられないように……」
 万屋の店を出ると、顎十郎はニヤリと笑って、
「どうだ、ひょろ松。棺がふたつ入ったというおれの推察《みこみ》にはちがいはなかったろう。奴らのほうではよほど以前からチビチビと毒を盛っているンだから、盛り加減で、だいたいいつごろお米が絶気するかわかっている。万屋で平野屋へ棺を注文したのを見とどけると、へい、ただ今と用意してあった棺をかつぎこむ。こりゃア誰にしたって怪しむセキはない。お米のそばに残っているのはお時という小間使ひとり。こいつは同類《ぐる》なんだから、棺をしょいこんで来たやつに手を貸し、棺へ入ってきた替玉とお米をすりかえ、その中のひとりは中ノ玄関で待っていて、平野屋の隠居がかついできた棺の断りを言う。いや、もうじつに簡単な話。こんなことがどうしてお前の智慧に及ばなかったか、そのほうがよっぽど不思議」
 ひょろ松は、照れ
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