座敷へ集まって葬式の日どりの相談をしておりますと、それから半刻ほどの後、お時がワアワア泣きながら飛んでまいりまして、お嬢さまが、いまお持ちなおしになりましたと申します。さっそく平野屋へ棺の断りをいわせ、転ぶように土蔵座敷へ入って見ますと、お米はぼんやりと眼をあけて天井を眺めております。……お米、お米と名を呼びますと、低い声で、はいはいと返事をいたします。ありがたい、かたじけない、まるで夢のような心持。なにはともあれ、家内で祝いをしようと思って、ふと土蔵の戸前のほうを見ますとそこに棺桶や湯灌道具がおいてあります。え、縁起でもない。こんな物をかつぎこんでと腹を立て、土蔵から走り出して店のほうへ行きかけますと、手代の鶴三というのが廊下を通りかかりましたから、おいおい、平野屋へ断りを言えというのになぜ言わぬと申しますと、鶴三は、たっていま使いをやったところですが、ええ、その断りは遅いわい。棺が土蔵座敷の戸前にすえてある。縁起でもない、なんでもいいから早く引きとらせなさいと……」
ひょろ松は手で制して、
「いや、よくわかりました。そのへんまでで結構。……御祝儀の日にとんだお騒がせをして申訳あり
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