、その上にいい加減に土をかけて投げこんだ日と男女の別を木片に書きつけて差しこんである。
乙丑《きのとうし》八月十四日、女、と書きつけたまだ真新しい木標。
「これでございます」
「掘りだしてくれ、傷をつけないようにな」
「合点でございます」
こんもりと小高くなった土饅頭のはじのほうから鍬を入れて掘りひろげてゆく。けさ早く長雨があがったばかりのところで、土がズブズブになっているからわけはない。
下働きの非人は土を跳ねながらせっせと掘っていたが、そのうちにだしぬけに鍬を休めて、
「旦那、ございませんです」
「どうしたと?」
「どうもこうも、死骸がございません」
ひょろ松は、せきこんで、
「そ、そんなはずはねえ。手前、有所《ありど》を間違えたンじゃねえか」
「とんでもない。この通り、乙丑八月の十四日としてあります。投げこみましたのはこのわっちなンで。間違えるなンてえことは……」
「おい、おれに鍬を貸せ」
ひょろ松が夢中になって掘りはじめたが、出てくるものは石ころや木の根ばかり。
顎十郎は、いつになく引きしまった顔つきになって、
「ひょろ松、無駄だ、やめておけ、いくら掘ったってお米の
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