こう取りとめないようなことなので、あまり馬鹿々々しくてお笑いになるかも知れません。たぶん、あたくしの気のせいでしょうけど、いま、あたくしの家になにか怖ろしいことが始まりかけているような気がしてなりませんの」
と言って、チラと怯えたような眼つきをし、
「埓もない話ですが、あす祝言する小姉《ちいあね》のお米はなんだかほんとうの姉でないような気がしてなりません。なんとなく他人のような気がして情が移りませんのです」
「と、ばかりではよくわかりかねますが……」
「そうですわ。もっと詳しくお話しなければなりませんのね。……でも、どう言ったらいいのかしら……」
かんがえるように頸《くび》を傾げながら、
「顔も、そぶりも、声も、どこといってちがうところなどないのですけど、ひと口には言えないようなところに、今までの姉とはちがうようなところがありますのです。気のついたところだけ申しあげますけど、姉のお米はわりに癇の強いほうなもンですから、不浄へ行って手水をつかうとき、かならず左手に杓を持って右から洗うのがきまりで、右手に杓を持つようなことはこれまでただの一度もなかったことですのに、このごろはいつも、右
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