三階の窓

 浅草橋の番屋で。
 今日もまた暑くなるのだと見えて、ようやく白んだばかりなのに、燦《きらめ》くような陽の色。
 ずっと陽照りつづきで檐下《のきした》の忍草《しのぶ》までグッタリと首を垂れている。
 北町奉行所のお手先、神田|鍋町《なべちょう》の御用聞、神田屋松五郎。まるで蚊とんぼのように痩せているので、ひょろ松ともいう。
 江戸一の捕物の名人、仙波阿古十郎の下についてタップリと腕をみがき、このごろではもう押しもおされもしないいい顔。
 腕組みをして釣忍《つりしのぶ》を見あげながら、下ッ引の話を聴いていたが、檐から眼を離すと軽くうなずいて、
「いや、よくわかった。……京屋が担ぎ呉服に言ったセリフが気にかかるの。……それで、藤五郎の身もとはもう洗って見たか」
 下ッ引の十吉は、切れッぱなれよくうなずいて、
「藤五郎は左腕に気障な腕守をしていて、いつもこいつを放したことはない。どうせその下には入墨があるってことはわかっている。……ところで、町内でたったひとり、その下を見たやつがあるンです。……左衛門町の棒手振《ぼてふり》の金蔵というのが、藤五郎が生洲《いけす》へ手を入れていると
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