た吉兵衛が、よくまア素直《すなお》にこんなものを書いたもンだと、藤五郎が言うと、おもんは、となりへ仲働きに行くでは、どうせすったもんだでこんなものを書くわけはないから、『大清』の藤五郎さんのところへ後添《のちぞ》いに行くつもりだから、きっぱりと縁を切ってくれと言いますと、吉兵衛は、しばらくわたしの顔を眺めていましたが、お前はどうせ島育ち、死ぬまで野暮ったく暮せるはずはない。いずれそんなことになるのだろうと覚悟していた。『大清』ならば、いわば水に芦《あし》。これが紙問屋へ行くの呉服屋へ行くのと言うんなら決して承知はしないが、水商売ならお前の性にあう。いかにも承知してやろう。それにつけても、お前の持病は癪。調子にのってあまり無理にからだはつかわないように気をつけるがいいと、大変なわかりよう。もっとも、あんな気の弱い男だから、そのくらいのことしか言えるはずはないンですが、女房から別れ話を持ちだされて、こんなメソメソしたことしか言えないのかと思うと、あんまりな意気地のなさに無性に腹が立って、なることなら突きとばしてやりたいような気がしました。『大清』も、あまり馬鹿々々しいので笑い出し、世の中に
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