戦法を変えて巧妙な追出しにかかった。
 京屋のひろい張場の裏の地面を買いとって、そこへ三階建の普請をして母屋と鍵の手につないでしまった。
 今までの南がわだけでもたくさんだったのに、こんなふうに東がわの地ざかいへ見あげるような三階建をつくられたので、東と南をふさがれることになり、京屋の張場はいちにちじゅう陽が当らない。
 紺屋は張場だけで持っているようなものだから、ここへ陽が当らなかったらまるっきり商売にならない。
 折れてくるか怒鳴りこんで来るかと待ちかまえていたが、膿《う》んだとも潰《つぶ》れたとも、なんの音沙汰《おとさた》もない。藤五郎のほうでは拍子ぬけがして呆気《あっけ》にとられる始末だった。
 どうするだろうと様子をうかがっていると、三四人残っていた職人をみな出してしまい、ガランとした大きな家でかみさんとふたりっきりで、むかし流行《はや》った友禅扇《ゆうぜんおうぎ》を細々とつくりはじめた。こんなことまでしても腰をすえようとするそのしかたがあまり依怙地《いこじ》なので、『大清』のほうでも癪にさわったが、さりとてどうすることも出来ない。
 こんなふうに睨みあったまま、一年ばかりた
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