聞くと、藤五郎は見る見る額に汗を滲ませて顔をうつむけてしまった。
ひょろ松はうなずいて、
「なるほど、この返事はしにくかろうから、わたしが代って言ってあげよう。……つまり、こういうわけだったんだな。千里丸と見せかけて毒の薬包みを印籠の中へ入れておいた。おもんはそんなことは知らないから、いつもの持薬だと思って嚥んだンだ。お前さんはちょっと様子を見たくなってそっと内所をぬけだして土蔵の扉前まで行くと、おもんが血だらけになって這いだして石段のところで倒れている。ひょっと見ると、土扉の白壁に血で『とうごらう』と書いてある。……おもんはお前さんに毒を盛られたと知って恨みをいいに土蔵から這いだしたんだが、とても内所まで行けそうもないので、恨みの一分《いちぶ》を晴らすために、指へ血をつけてそんなものを書きつけたんだ。……お前さんはおどろいて、おもんの死体をひきずって寝床まで運んで行って土扉をしめ、石段の上にこぼれていた血を草履で踏みけし、鍵のさきで自分の名前の書いてあるところを削ってしまった。これにちがいなかろう。それともなにか言い分があるなら聴こうじゃないか」
「…………」
「お前さんはじゅうぶ
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