ないか。なんといったってお前さんの家で人が死んでいるんだ。家内に当りをつけるぐらいのことは当然だろうじゃないか。それとも、なにか憶えでもあるというのか」
 ジロリと藤五郎の顔を眺めて、
「けさ七ツごろ、お前さんが夜網から帰って来ると、おもんとなにか大変な口争いをしているのを女中が聴いたそうだが、いったい、どんなもつれだったんだね」
 藤五郎は、グイと肩をひいて、
「そんなことまで申しあげなくちゃならねえんですか」
「まア、そうだ。役儀のおもてで訊いているんだから、ひとつ言って貰おうじゃないか」
 藤五郎は、ちょっと顔を伏せていたが、すぐ顔をあげて、
「あまり言いたくない話ですが、役儀とおっしゃるならやむを得ない、洗いざらい申しあげますが、実は、このごろ、おもんがあっしの留守に、チョクチョク吉兵衛と話しこんでいるらしいンです。……実は、きのうの夜、夜網の出がけに京屋へ出かけて行ったのもそのためで、吉兵衛にあって人の口にかかると外聞が悪いから、そんなみっともないことはよしてくれとそれを言いに行ったわけだったんです。ところが、あっしが夜網から帰って来ると、お仲という女中が、旦那、昨晩もまた京
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