そのたびに難儀をいたしますから、羽黒山《はぐろさん》の千里丸《せんりがん》をいつも切らさずにこの印籠へ入れておくんです。……昨晩の火事さわぎで無理にからだをつかったと見え、七ツごろあっしが夜網から帰って来ますと、また癪でも起しそうな妙な顔していますので、ここはゴタゴタして大変だから土蔵へ行って静かに寝ていたらいいだろうと言いますと、じゃそうします、と言って土蔵へ寝に行きました。……あっしは内所《ないしょ》へ床を敷かせて寝ましたが、疲れていたもンでついさっき叩きおこされるまで、なにも知らずにグッスリと眠っていたんですが、おもんは土蔵へ行ってから急に差しこんで来たので内所まで印籠を取りに来たのだと思います。……なにかほかにまだお訊ねの筋がございますか」
「そういちいち先くぐりをするな。もちろん、こんなこっちゃすみやしない。順々に訊くから、訊いたことに返事をすりゃいいんだ」
 藤五郎は、キッと顔をあげて、
「お言葉のようすですと、なにかあっしに疑いでもかけておいでのように思われますが、あっしがおもんを殺したとでもお考えになっていらしゃるんでしょうか」
「藤五郎さん、お前さん妙なことを言うじゃ
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