誰もそんなことを言ってやしねえ。それを、これから調べようというんだ。あまり頭からきめてかからねえこった」
と言いながら、吉兵衛の死体のそばへ寄って行って焼瓦の上にひきおこし、懐中から鼻紙を取りだして太い観世撚《かんじより》をつくって、それで吉兵衛の鼻孔《はな》の中をかきまわしていたが、やがてそれを抜きだしてためつすがめつしたのち、十吉のほうへ観世撚のさきを突きつけ、
「ほら見ねえ、自分で火を出して煙に巻かれて焼け死んだのなら、鼻孔《はな》の中へ媒や火の粉を吸いこんでるはずだが、こうやって見るとまるっきりそんなものがなくてこの通り綺麗だ。やっぱり殺されたんだぜ」
そう言ってるところへ、焼瓦を踏みながら飛んで来たのが、昨晩からずっと『大清』へつめさせてあったこれも下ッ引の孫太郎。息せき切りながら二人のそばへやって来て、
「親方、おもんが土蔵の中で血を吐いて死んでいます。……どうも殺されたような様子なんで……」
ひょろ松は、十吉と眼を見あわせて、
「この朝がけからご厄介なこった。今日も暑くなるぜ。しょうがねえ、ひと汗かきに行くとするか」
と言って、もう一度、三階のほうを見あげ、
「前
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