はなア、火をつけた奴と吉兵衛を殺した奴と人がちがう。つまり、放火と殺人はふたりの人間の手で別々にやった仕事だからだ」
「そりゃまた、どういうわけで?」
「三階から火はつけられねえ。ところで、死骸は三階からでないとここまで届かねえ。殺しておいて火をつけたほうが簡単なのに、それをしなかったのは、火をつけてしまってから、そのあとで急に、吉兵衛を殺さなければならねえ事情が出来たからだ」
「そう聞けば、いかにももっとも。でも、……ふたりの手で別々に、とはどういうんです」
「だってそうじゃないか。火の手のあがったのが四ツ半だということだったが、藤五郎は夜の五ツ半(九時)ごろ、芝浦へ小鰡《おぼこ》の夜網を打ちに行って『大清』にはいなかったんだから、三階からこんな芸当することは出来ない。……ところで、おもんのほうは昨日いちんち家から外へ出なかったということだから、このほうは隣りへ火をつけるわけにはゆかねえ。まず、こういう訳だ」
十吉は、うるさくうなずいて、
「よくわかりました。すると、火をつけたのが藤五郎で、吉兵衛を殺したのはおもん……」
ひょろ松は、手をふって、
「おいおい、早まっちゃいけねえ。
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