相。
とど助のほうは、これはどう見たって浪人くずれ。それも、なみの武士じゃない。いわば、出来そくない。
身の丈五尺九寸もある大入道《おおにゅうどう》の大眼玉《おおめだま》。容貌いたって魁偉《かいい》で、ちょうど水滸伝《すいこでん》の※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]絵《さしえ》にある花和尚魯智深《かおしょうろちしん》のような面がまえ。
それだけならまだいいが、アコ長のほうはせいぜい五尺五六寸の中背だから、このふたりが差しにないということになると、駕籠はいきおい斜め宙吊りとあいなり、客はツンのめったままで行くか、あおのけになって揺られるか、いずれにしても、普通には行かない。これじゃ、だれだって恐れをなして逃げ出してしまう。
アコ長は、水ッ鼻をすすりながら、マジマジととど助の顔を眺めていたが、いまいましそうに舌打ちをして、
「……思うにですな、とど助さん、今日のあぶれは、こりゃアあんたのせいなんですぜ」
「これは聞きずてならん。なんでわしのせいか」
「だって、そうじゃありませんか。わたしとあんたがこの商売をはじめる当初から、あんたは客呼びをしない約束になっていたはずです」
「そうだったのう」
「そうだったのう、じゃありませんよ。あんたのような、見あげるような入道が、大眼玉をむいて、おいこらア、駕籠にのれ、安くまいるぞ、じゃ、だれだって逃げ出してしまいます」
とど助は、額に手をやり、
「それを言われると、わしもつらい。あんたとの約束は忘れたわけじゃなかったが、なにしろ寒くもあり、空ッ風に吹きさらされてぼんやり立っているのは、いかにも無聊。……腹立ちまぎれに大きな声を出しとったんじゃい」
「いけませんよ、とど助さん。空ッ腹の鬱憤《うっぷん》ばらしにあんな恐い声を出しちゃ、とても商売にはなりません、やめてもらいましょう」
「いかにも、わしが悪かった。もうよす、よす。……よすはよすが、これから、どうする。参詣のひとも、もうちらほらになったから、いつまでもこんなところで客待ちしておっても、立ちゆかんと思うが」
「麻布六本木の京極の下屋敷の金比羅様もなかなか繁昌するそうだから、そっちへ廻ってみましょうか」
「やむを得んな。なんとかして、ひとつでも兜首《かぶとくび》をあげんことには、行きだおれが出来る」
「じゃ、まあ元気を出して、行くと
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