から空ッ風に吹きさらされ、おまけに形のあるものはなにひとつ咽喉を通していないんだから、くたくたのひょろひょろ、棒鼻にもたれてようやく立っているというばかり、ひでえ悪日《あくび》もあるもンだ」
「その点は、わしも同様。けさからなにも食《しょく》しておらんので、空腹でやりきれん。なんとかならんものであろうかの」
「わたしに相談しかけたってしょうがない」
「しからば、だれに相談するとか」
「なにをゆっくりしたことを言ってるんです。ひょっとすると、こりゃ、晩まであぶれですぜ」
「どうも、弱った、弱った」
仙波阿古十郎、一世一代の大しくじり。喰い意地を張ったばかりに、女賊の小波にうまくしてやられ、金蔵破りの張り番をしたという眼もあてられぬ経緯《いきさつ》。
……性来下司にして、口腹の欲に迷い、ウマウマ嵌められました段、まことに面目次第もこれなく、……というお役御免の願書をたたきつけて、とめる袂をふりきって北町奉行所をおンでたまでは威勢がよかったが、そういつまでも部屋にばかりころがっているわけにもゆかない。
なんとか食の途《みち》をあけようと思っている矢さき、ふと居酒屋で知りあった雷土々呂進。どうせ世をしのぶ仮りの名だろうが、このご仁も喰いつめてテッパライ。盃をやりとりしているうちにひどく気があって、
「どうでしょう、ふたりで辻駕籠でもやってみたら、なんとか喰いつなげるかもわかりません」
「面白い、やりましょう」
で、始めたやつ。
空ッ脛だけが元手《もとで》の朦朧《もうろう》駕籠屋。
親方もなし、駕籠宿もなし、したがって、繩張りなんてえものもない。
縁日、縁日をたよりに、きょうは白金の辻、明日は柳原堤《やなぎわらどて》と、風にまかせて流して歩き、このへんと思う辻々で客待ちをする。気楽は気楽だが、やっぱり法にかなってないとみえて、あまりパッとしない。
辻のせいばかりじゃない、月ぎめ銀二朱で借りた見るかげもない古四ツ手。
垂れはちぎれ、凭竹《もたれ》は乾破《ひわ》れ、底が抜けかかって、敷蒲団から古綿がはみだしている。とんと、闇討にあった吉原駕籠の体《てい》たらく。
おまけに、駕籠舁がいけない。
アコ長のほうは、ごぞんじの通り、大一番《おおいちばん》、長面《ながづら》の馬が長成《ながなり》の冬瓜《とうがん》をくわえたような、眼の下一尺二寸もあろうという不思議な面
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