得ておりますが、殿様のお申しつけでは、なんなりと思召《おぼしめ》しをおうかがい申せということでございましたから、それで、只今まで差しひかえておりました」
 顎十郎は、ほほう、と驚いて、
「お書状にも、だいたいそのおもむきがあったが、よもや、そこまでとは思っていなかった。では、なんですか、思召しをのべ立てると、なにによらず、ここにずらッとならぶ仕組になっているというんですか。こいつア、驚いた」

   有頂天《うちょうてん》

 腰元は、あどけなく、
「はい、どのようなお好みの品でも即座に御意にそいますよう、江戸一といわれる橋善《はしぜん》の板場《いたば》があちらに控えておりまして、いかようにも御意をうかがうことになっております」
 顎十郎は、下司《げす》っぽく額をたたいて、
「これはどうも福徳《ふくとく》の三年目。望外《ぼうがい》のお饗応《もてなし》で、じつに恐縮。どうせ御主人がお帰りになるのは四ツ刻とうけたまわったから、それまでの座つなぎ、思召しに甘えて、ひとつゆっくり頂戴するといたしましょう、なにとぞよろしく」
「まア、……よろしくなんて、そういうなされかたでは、思召しにそうことは
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