出来ません。どうぞ、もっと……」
「もっと、なんです」
「もっと、どんどん頭ごなしにお言いつけくださいまし。……なにを持って来い、かにを持ってこいと、鷹揚におっしゃっていただきたいのでございます。そんなふうに慇懃《いんぎん》におおせられますと、わたくしどもは馴れませんことでございますから、おどおどして、どうしてよいのやらわからなくなってしまうのでございます」
「へへえ、そいつア逆ですな。丁寧に言うと、おどおどしてしまうというのはわからないねえ。しかし、そういうことでしたら、まア、出来るだけ横柄にやりましょう。つまり、……こんな工合ですかね。……おい、おい、酒を持ってまいれ……いかがです」
「声色《こわいろ》だけはよけいでございますわ」
「大きに、承知。……それはいいが、オイオイではいかにもおかげがねえ。あんたの源氏名は、いったいなんてえんです」
腰元は、ほほほと笑って、
「小波《さざなみ》でございます」
「鴫立《しぎた》つや、沼《ぬま》によせくる小波の、……いい名ですな。では、そろそろやっつけましょう。ええと、小波さん……」
「小波と、お呼びすて願います」
「いやはや、もったいないが
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