どうせ、こんなお神楽《かぐら》のような顔でございますから、珍らしくてお眺めになるのでしょうけど、そんなにお見つめになっては嫌でございますわ」
 顎十郎は、照れかくしに、いやア、と額に手をやって、
「いやどうも、こりゃア大敵だ。……どうしてなかなか、お神楽どころの段じゃアない。お神楽はお神楽でも、出雲舞《いずもまい》の乙姫様のほう。じつにどうも見事なもンだと思って、それで、さっきからつくづくと拝見していたのさ」
 と、れいによってわかったようなわからないようなことを言う。腰元は、ツンと拗《す》ねたようすで、
「あら、あんなことを。……はい、たんとおなぶり遊ばしまし。そんなことばかりおっしゃるのでしたら、あたしはもうあちらへまいります」
 と、身体《からだ》をくねらせる。顎十郎は、おっとっと、と手でとめて、
「行かれてしまっては困る。……じつは、……その、お手紙のおもむきでは、なにか、さまざま御用意があるとのことだったが、こんなところにぽつねんとしているのもおかげがねえ。そちらの段取りがよかったら、そろそろここへ運びだしてもらいましょう」
 腰元は、しとやかにうなずいて、
「はい、それは心
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