「手紙には、泉水のへりについて、とあった。橋を渡れとは書いてなかったようだ。するてえと……」
築山《つきやま》のむこうに、鉾杉《ほこすぎ》が四五本ならんでいて、そのむこうに、ぼんやりと灯影《ほかげ》が見える。
「うむ、あれだ、あれだ」
と、うなずいて、そちらのほうへのそのそと入りこんで行く。
柴折戸。そのむこうが露地になり、柿葺《こけらぶき》の茶室が建っている。手紙にある通り、かまわず広間の縁から茶室に入って行くと、なるほど、向床《むかいどこ》の前に大きな朱色の繻珍の褥がおかれ、脇息に煙草盆。書見台の上には『雨月物語《うげつものがたり》』。乱れ籠には、小間物の入った胴乱《どうらん》から鼻紙にいたるまで、なにからなにまで揃っている。
顎十郎は、横着千万《おうちゃくせんばん》な面がまえで、委細かまわず繻珍の大褥の上へのしあがって、キョロキョロと部屋の中を見まわす。
床柱は白南天《しろなんてん》、天井が鶉杢目《うずらもくめ》で、隅爐《すみろ》が切ってある。いかにも静寂|閑雅《かんが》なかまえ。こんなふうにしていると、なんだか御大藩の家老にでもなったような鷹揚な気持になる。
なん
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