に応ずるというのは、おもしろい。……近来、叔父の煽《おだ》てもきかなくなって、久しく物のかたちをしたのも咽喉を通さなかった。いずれ、なにか変った趣向があるのだろうが、ちょうどいい折だから、かまわず出かけて行って遠慮なしに御馳走にあずかることにしよう」
馬鹿な顔で、陽ざしを見あげているとき、すぐそばの瑞雲寺《ずいうんじ》の刻《とき》の鐘、ゴーン。
「いま鳴る鐘は七ツ半。……定刻には、まだ、たっぷり一刻半はある。これは、どうも、じれってえの」
数寄屋《すきや》
四谷|左門町《さもんちょう》。路をへだてて右どなりが戸沢主計頭《とざわかずえのかみ》の上屋敷。源氏塀《げんじべい》の西がわについて行くと、なるほど、欅《けやき》の裏門がある。猿《さる》を引《ひ》いて潜戸《くぐり》をおすと、これが、スッとひらく。御影石《みかげいし》だたみの路を十間ばかりも行くと、冠木門《かぶきもん》があって、そこから中庭になる。あまり樹の数をおかない上方《かみがた》ふうの広い前栽《せんざい》で、石の八ツ橋をかけた大きな泉水がある。
顎十郎は、淡月《たんげつ》の光で泉水の上下《かみしも》を眺めていたが、
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