、云々。というのが手紙のおもむき。差出人は、稲葉能登守《いなばのとのかみ》のお留守居《るすい》、溝口雅之進《みぞぐちまさのしん》。
「……稲葉能登守といえば、豊後《ぶんご》の臼杵《うすき》で五万二千石。外様《とざま》大名のうちでもそうとうな大藩だが、この雅之進というやつは、よほど洒落れた男だと思われる。高位の人命にかかわる事態などと言っておきながら、文脈の中に、綽《しゃく》々たる余裕をしめしている。人を馬鹿にしたようなところもある。よほどの大人物か、さもなければ浮世を茶にしたとぼけた人体《にんてい》に相違ない。……脇息もございますから、それに肘などをおつきになって、尊大な御様子でお待ちくだされたく、なんてえのは、いかにも人を喰ったものだ。奔放な気宇がうかがわれて、なんともいえぬような味がある」
 ボッテリした、顎化けの化け[#「化け」に傍点]の所以《ゆえん》であるところの、人間ばなれのした馬鹿長い顎をふりながら、ひとりで悦に入って、
「それにしても、緋色繻珍の褥の上におさまって、横柄な声で、おいおい、というと、酒肴の好尚《このみ》は望みのまま、打てば響くといった工合に、なんなりと御下命
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