来のせつは、なにとぞ、西側の裏木戸から。これは、押せばひらくようになっております。いささか仔細がござって、一切お出むかいはいたしませんから、泉水について、飛石づたいにどんどんお進みになると、その奥に数寄屋ふうな離れ座敷がありますから、委細《いさい》かまわずそのまま縁からおあがりなさって、差しおきました緋色繻珍《ひいろしゅちん》の褥《しとね》に御着座になり、脇息《きょうそく》に肘などをおつきなされ、尊大なる御様子にて半刻ほどお待ちねがいます。御無聊のこともあろうと存じ、いささか酒肴の仕度をいたしてございます。横柄《おうへい》なるお声で、おいおいと、ひと声、ふた声お呼びくだされば、打てば響くというふうに、腰元どもなり、あるいはまた、三太夫とも申すべき奴らがたちどころに立現れまして、いかなる御用命にも即座にお応《こた》えするようになっておりますから、なんなりと鷹揚《おうよう》にお申しつけくださいますよう。なおなお、少々心得もございますから、この手紙の余白に、御意のほどをひと筆|御染筆《ごせんぴつ》、使いの者に御手交くださらば有難く存じます。余は、御拝眉の上、万々申しあげたく、まずは、右のため
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