い顎のさきを撫でながら、
「そう改まれるとちと気がさすが、せっかくのことだから、遠慮なく申しますぜ。……酒のほうは、すこしねばるが、花菱《はなびし》に願いましょう。銚子《ちょうし》では酒の肌が荒れるから、錫のちろりで、ほんのり人肌ぐらいに願います」
「かしこまりました」
「……最初は、まずお吸物だが、こいつは鯛のそぼろ椀ということにいきましょう。皮を引いたらあまり微塵《みじん》にせずに、葛もごく淡《うす》くねがいます。さて、……ちょうど、わらさの季節だから、削切《けずりき》りにして、前盛《まえもり》には針魚《さより》の博多《はかた》づくりか烏賊《いか》の霜降《しもふり》。つまみは花おろしでも……」
「かしこまりました。煮物はなんにいたしましょう」
「ぜんまいの甘煮《うまに》と、芝蝦《しばえび》の南蛮煮《なんばんに》などはどうです。小丼《こどんぶり》は鯵《あじ》の酢取《すど》り。若布《わかめ》と独活《うど》をあしらって、こいつア胡麻酢《ごます》でねがいましょう」
「お蒸物《むしもの》は?」
「豆腐蒸《とうふむし》と行きましょうか。ごくごくの淡味《うすあじ》にして、黄身餡《きみあん》をかけ
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