うなくだけた口調でやっていただきますわ。ちっとも、御遠慮はいりませんから、なんなりとおっしゃっていただきとう存じます」
 顎十郎は、へへえ、と、だらしなく笑って、
「あまり調子がいいと、口説《くど》くかも知れませんぜ」
 小波は、あら、と小さな声で叫ぶと、サッと顔を染めて、
「そこまでは、ちと行きすぎます」
「いやア、いまのは冗談。取消す、取消す」
 小波は、それを聞き捨てて、裾さばきも美しく、しとやかに立ちあがると、床ぎわの乱れ籠のそばへ行き、定紋つきの羽織を両袖をさしそえながら持って出て、足袋の爪さきを反らせながらスラスラと顎十郎の後へまわり、
「長雨のあとで、少々、冷えますようですから、お羽織をおかけいたします」
 並九曜《ならびくよう》の紋のついた浜縮緬《はまちりめん》の単衣羽織《ひとえばおり》をフワリと着せかけると、また、もとの席までもどって行って、首をかしげながらつくづくと眺め、
「よく、おうつりになりますわ」
「てへへへ、馬子にも衣裳というやつ」
「その洒落は古うございます」
 と、はね返しておいて、両手をつかえて、
「御用をうけたまわります」
 顎十郎は、恐悦のていで長
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