田地の上りの采領まで、なにくれとなく豆々しくやってのけ、立つ波風もなく、一家むつまじく暮らしていたが、この年の春、娘のお小夜が、気にいりのお年をつれて水上堤《みなかみづつみ》へ摘草に行ったとき、とつぜん、石垣のあいだからニョロニョロと一匹の山棟蛇《やまかがし》が這いだした。
 江戸の生れで、下町で育ったお年という女中は、長虫《ながむし》ときたら、もう、ひとたまりもない。かばうはずのやつが、お小夜の背中にくいついてまっ青になって慄えている始末。
 お小夜は、切羽《せっぱ》つまって、追いはらうつもりで無我夢中にひろって投げた石が、まともに蛇の頭へあたり、尾で草をうちながら蓬《よもぎ》のあいだをのたうちまわっていたが、間もなく、白い不気味な腹を上へむけて、それっきり動かなくなってしまった。
 見ると、頭が柘榴を割ったようにはじけ、グズグズになった創口からどろりと血が流れだしてまっ赤に草を染めている。
 ふたりは、ひきつけそうになって、這うようにして家まで逃げ帰ったが、その晩からお小夜は大熱、
「あれ、あれ、欄間に蛇が、蛇が……」
 ほかのものの眼には見えないが、お小夜にだけはありありと見える
前へ 次へ
全25ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング