の上なしの言葉がたきで、またごくごくの仲よしでもある。
花世は、父と顎十郎のあいだへ、わざと割りこむようにして坐って、あどけなく首をかしげながら、庄兵衛に、
「もう出来ましたかえ」
といいながら、文机のほうを覗きこむ。
庄兵衛は、またしてもあわてふためいて、いそがしく目顔で知らせながら、
「出来たとは、なにが。……わしは知らぬぞ」
花世は、怨《えん》じるような顔で、
「おや、いやな。……そら、御尊像のことでござります」
顎十郎は、そっくりかえってふアふアと笑いだし、
「いやはや、こいつは大笑いだ。……あなたはうまく隠しおおせたつもりだったでしょうが、種はさっきからあがっているんですぜ。……版木《はんぎ》だけは本でかくしても、膝の木くずはごまかせない。あなたが御法度《ごはっと》の大黒尊像《だいこくそんぞう》を版木で起していたことは、さっきからちゃんと見ぬいているんです。……頭かくして尻かくさず、叔父上、年のせいで、あなたもだいぶ耄碌《もうろく》なすったね。……ほら、証拠はこの通り」
急に手をのばして文机の本をはねのけると、その下からおおかた彫りあがった大黒尊像の版木があらわれ
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