していきり立つのを、顎十郎は相手にもせず、
「まあまあ、そうご立腹をなさるな。……それはそうと、いまさっき、なにかしきりにコソコソやっていられたが、贋金《にせがね》でもつくっていたのですか」
 庄兵衛はうろたえて、
「ぷッ、冗談にもほどがある。……出まかせをいうのも、ほどほどにしておけ」
「てまえが入って来ると、あわてて本でかくしなさったようだが、いったい、なにをしていらしたんです」
 庄兵衛は、いよいよもって狼狽し、からだで文机をかくすようにしながら、
「ええ、なにもしておらぬともうすに」
「そんなら、その本をとってお見せなさい」
 といいながら、文机のほうへ手をのばしかける。
 庄兵衛は、やっきとなって、顎十郎の手をはらいのけながら、
「これ、なにをする……横着《おうちゃく》なまねをするな……寄ってはならんともうすに」
「いいからお見せなさい」
「ならん、ならん」
 揉みあっているところへ、庄兵衛の秘蔵ッ娘《こ》の花世が入ってきた。
 ことし十九になる惚々するような縹緻《きりょう》よしで、さすが血すじだけあって、こだわりのない、さっぱりとした、いい気だてを持っている。顎十郎とは、こ
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