まったのか。……あっしは十手をあずかってから、もう十年の上になりますが、まだ、おぼえもねえような滅法《めっぽう》な話なので、いろいろ頭をひねってみましたが、かいもく見当がつきません。……心配というのはそれだけではない。じつは、南番所じゃアなにかはっきりと当りがついたらしく、同心の藤波友衛が、せんぶりの千太を追いまわして、しきりにあたふたしております。……むこうが追いこみにかかっているというのに、こっちは、あっけらかんと口をあいて眺めているというんじゃア、月番の北の番所としちゃ、じつにどうも遣瀬《やるせ》のねえ話なんで。……それで、森川の旦那さまも躍起《やっき》となっていらっしゃるんですが、いまいったようなわけでどうにもしょうがない。はっきりした見こみはつかずとも、せめて、方角ぐらいはついてねえことにゃア、また、南のやつらの笑いものにされなくちゃアなりません」
「そうだとありゃア、いかにも物笑いだ」
ひょろ松は、情なそうな顔をして、
「そう、澄ましていられちゃ困ります。……なにしろ、あなたは、日がな毎日、犯例帳の赦帳《ゆるしちょう》のと、番所の古帳面ばかり、ひっくりかえしていられる酔狂
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