にいないのだ」
「えッ」
「それだけの人数の悪者《わる》が、いったい、なんのためにみな江戸を離れていったのだろう。……なにか思いあたることがないか」
「どうも……」
「こないだ、大川の屋根舟で、間もなく途方《とほう》もないことがもちあがるといったのは嘘じゃない。やはり、おれの見こみどおりだった。……みぜんにふせぐことが出来れば、それに越したことはないが、さもなければ、たいへんな幕府の損害になる……」
いよいよ、ささやくような声になって、
「お前も、多少は聞いているだろうが、こんど幕府が外国から買い入れた、例の咸臨丸、これは、和蘭陀《おらんだ》のかんてるく[#「かんてるく」に傍点]というところで建造された軍艦で、木造蒸気内車《もくぞうじょうきうちぐるま》、砲十二|門《もん》、馬力《ばりき》百、二百十|噸《とん》というすばらしいやつだ。それが、はるばる廻航《かいこう》されてきて、来月の中ごろ、長崎で受けとることになっている。この代価が十万|弗《どる》。日本の金にして二十五万両。……この金が馬の背につまれて長崎までくだる。……どうだ、ひょろ松」
ひょろ松は、あッ、とのけぞって、
「それだ
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